TR3 Photo Gallery の写真ブログ


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お寺の続き・・・瑞泉寺

隣町に大きなお寺がある。
井波別院瑞泉寺で、井波彫刻で有名な南砺市の井波地区にある寺院である。
ここには小さい時、おばあちゃんに連れられてよくお参りに行ったものである。
今回は久しぶりにD2XにTOKINAの広角レンズAT-X 124 PRO DX 12-24mm F4を付けて撮りに行ってみた。

瑞泉寺は本願寺五世の綽如上人が明徳元年(1390年)に創設した真宗大谷派の古い寺院である。
この寺は時代の荒波にもまれながらも法灯を守り続けた名刹で、戦国時代には越中一向一揆の拠点となり、天正9年(1581年)に佐々成政に攻められ、町家とともに兵火にかかり陥落している。
その戦乱の名残が多くの石垣や土塁として残っており、歴史を感じさせる。
寺はその後、豊臣秀吉の保護を得て勢力を回復し、江戸時代には越中における真宗東派の触頭(ふれがしら)として機能していたようです。
江戸時代中期に行われた瑞泉寺再建のおり、京都の彫刻師:前川三四郎から地元大工達が彫刻の技法を習ったことが井波彫刻の始まりとされており、門前町筋である八日町通りには多くの彫刻師の工房が通りに面してあり作業風景を見学できる。

寺の入り口「高岡門」
戦国時代、一向一揆の戦いの跡を思わせる城のような石垣が印象的である。
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高岡門をくぐるとすぐに大きな山門が・・・・
その大きさに圧倒される。
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山門をくぐると、広い境内が広がっており、正面に本堂、左に太子堂の大伽藍がある。
この門から奥は拝観料がいる・・・・あらら財布を忘れてきたので、ここで写真を撮って終わり(^_^;)
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高岡門から門前の町筋を見下ろすと、結構古い街並みがまっすぐ伸びており、あちこちに井波彫刻の工房がある。
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下から2枚目はD700の35mmで撮ったが、それ以外は12mmの超広角の写真である。
結構広角は面白い!
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# by TR3_blog | 2009-08-23 10:29 | Nikon D2X
瑞龍寺の続き、その4・・・

石廟から回廊と戻り、正面左側にある禅堂へと向かう。
回廊は瑞龍寺の伽藍をとり囲み、左右対象。
禅宗寺院としては現存する最古の回廊で、周囲約300メートルの長さがあり、国の重要文化財に指定されている。
板戸の焦げ茶色、障子の白色、太陽の光が見事に調和し、禅寺らしい凛とした雰囲気が漂う空間が素敵。
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これは、禅堂側から法堂側を見た写真で、突き当たって右側が法堂。
手前に禅堂がある。

写真右側に開いている出入り口からは仏殿に行けるが、そこからは向かいの大庫裏が見える。
右側に見えるのは山門。
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大庫裏はHPの説明によると

「調理配膳や寺務運営を行う堂で、山門を入り右手に位置し僧堂と相対して並ぶ。建物は桁行十間(一九・七m)・梁間六間一三・九m)で、外観は僧堂と同じ切妻造りこけら葺で向拝型玄開を付ける。平面は前面一間通りを回廊延長の土廊とし、正面中央に「香積堂」の額を掲げ、韋駄天像を祀り、右手は竈や流し・調理台を置く炊事土間で、左手は寺務運営を司る畳敷きの大広間と板の問としている。
三十センチ角の太く力強い柱と防火対策を考慮した大変珍しい真っ白な土天井がひときわ目を引き、また、向拝の蟇股や唐破風懸魚の彫刻、および隅柱を太くし安定感を出すなど江戸初期の匠の技と冴えがみられる。
万治年間(1658~1660年)の建立だが、幕末から明治初年にかけ撤去された。しかし昭和六十三年の解体修理に伴う調査で、詳細な寸法の書き込まれた古図面や向拝と主屋の部材の発見、および発掘調査などから当初の姿が明らかとなり復元された。」

さて、回廊を進むと大庫裏と対象側に禅堂がある。
禅堂で面白いのは、パンフレットに「禅堂」と書いてあるが、瑞龍寺の公式HPには「僧堂」と表記されている。
しかも、HPには以下の説明がなされ、どうも正式には「僧堂」というのが正しいらしい。

「坐禅修行をする建物で、坐禅だけを行う場合は禅堂、食事等の修行をも合せ行う場合を僧堂と言う。
全国で国の指定を受けている禅堂又は僧堂は三棟ある。
京都東福寺、字治の万福寺と瑞龍寺の僧堂である。この建物は当初のものは延享三年(1746)に焼失、その後ただちに再建され、幕末に三分の一に縮小され、明王様の御祈祷場となっていた。今回の修理が始まり僧堂として貴重な存在とわかり、延享三年後の再建の姿に復元されることに決まり、平成二年に工事が終了した。
坐禅をする場所を単、法服寝具を納める棚(函櫃、カンキ)脚がしぴれた折に坐禅のあい間に歩く廊下(経行廊、キンヒンロウ)、洗面、足洗い、食事の用意をする後架(ゴカ)等が備わり古式の僧堂の姿をよく整えた貴重なものである。」

僧堂前にも座禅を組む場所があり、中は独特な雰囲気で無を感じてしまう。
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今までいろいろなお寺を見たことがあるが、なぜか瑞龍寺は心がぴんと張りつめる。
伽藍の配置が左右対称で整然とし、色合いも含めて凛としたたたずまいがそう感じさせるのかもしれない。

今回は、時間の関係でゆっくりできなかったが、また行ってみたいところである。

最後に、大庫裏側の長い回廊のシンメトリーを正方形にトリミングした写真を載せて終わりとする。
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# by TR3_blog | 2009-08-16 11:51 | Nikon D700
瑞龍寺の続き、その3・・・・

仏殿を通り抜けると、すぐ目の前に境内で一番大きな法堂が広がっている。
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この写真は仏殿の横を出てから撮ったもの。
仏殿と法堂の距離がそれほど無いために、仏殿を抜けて写真を撮ろうと思っても28mmのレンズでも収まりきらない。

パンフレット&HPによると、

明暦年門(1655~1657)の竣工に成る。建坪一八六坪。
境内第一の大建築で仏殿と異り総檜造りとなっている。
構造は方丈の形式に書院造りを加味したもので、六室より成っている。中央奥の室が所謂内陣で仏壇と大間を板間とする他はすべて畳敷きの間となっている。向って左奥の室には床・棚・書院・上段の間を附しているが特に棚の工法に注目したい。中央二室の格天井に描かれた草花は狩野安信の筆になるもので、また内陣の襖およぴ壁は、共に金箔押の高価なものである。

入口に入ると先ず目にはいるのが、階段中央に鎮座している地元の人から「おびんずる様」と親しまれている「なでぼとけ(賓頭盧尊者)」。賓頭盧尊者(びんづるそんじゃ)は、釈迦様の弟子で神通力に優れ、難病の者を救ったり、困っている人を助けたりと伝えられています。このため、自分が病気している場所と同じ場所を撫でれば、病気が治ると信じられています。なでられた場所がつるつるとしています。
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時間の関係で法堂の中は次回の楽しみにし、左側の回廊方面へと進む。
回廊の角の手前に裏に抜ける出口があり、うっそうと茂った大木の下にこぢんまりとした茶室が建っている。
その前に、5つの小さな石廟が並んでいる。
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この石廟なんと前田利長と初代藩主利家、そして君主の織田信長と同室正覚院、その子の織田忠信の分骨廟なのである。
HPによると・・・

前田利長公は本能寺の変後,織田信長公父子の分骨を迎えてその霊を慰めたと伝えられる。
利長公の菩提寺瑞龍寺を造営したとき,開山広山恕陽(コウザンジョヨウ)禅師が利長公父子も加えて同じ形式の五基を建造したのが,この石廟の由来である。
廟の石材は淡緑色の凝灰石(俗称越前笏谷石(シャクタニイシ))を用い壇上積の基礎の上に立つ切妻型石廟建築である。石廟は向かって右から前田利長公(高岡開祖),前田利家公(加賀藩祖),織田信長公(利長夫人 玉泉院の父),織田信長公側室,織田信忠公(信長公の子息)の五人のもので,中でも利長公のものは壁面に二十五菩薩を刻んだ代表的な優品である。また,これら五基の石廟は地方政治史上,又石造建築史上の貴重な資料でもある。

とある。
写真右側から、利長公、利家公、信長公、正覚院、信忠公の順に並んでいる。
このようなひっそりとした場所で信長の名を目にするとは思いもしなかった。

さて、次は回廊を通って禅堂などへ・・・続く(^.^)
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# by TR3_blog | 2009-08-15 15:59 | Nikon D700
瑞龍寺の続き、その2・・・・・

国宝の山門をくぐると、目の前に美しく手入れされた芝生の先に端正な仏殿が鎮座している。
この仏殿も国宝である。
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この仏殿、パンフレットおよびHPによれば・・・

棟札によって万治二年(1659)に建立されたことが明らかである。
この仏殿は全国においても他に例を見ない貴重な建築である。おそらく山上善右衛門嘉広の最も心血を注いだ力作の一つであろう。伽藍の中央に位置し、基壇上に雄然と立つその姿は重壮完美まことに賞する言葉もない。まず外観を見るに、屋根は鉛板をもって葺かれている。これは全国においても金沢城石川門にその例を見るのみでこれ亦貴重な遺構と云わねばならない。
上層軒組は、三手先の詰組とし、整然と配列された扇捶等共に禅宗様建築の純粋な形式を表現したもので、注目せざるを得ないところである。一歩堂内に入れば、まず、すくすくと並列する柱が目につく。更に天井には優雅な曲線をもつエビ虹梁など、複雑にして、しかも妙を得た架構法は、実にここならではの感を深くし、只驚嘆のほかない。またこれらの用材はすべて欅の良質材で、その他床一面の戸室石の四半敷きをはじめ、須弥壇及び木階等の精巧な細工は、棟梁の命脈に通じるものがある。
仏像は、三百有余年前中国から渡来されたもので、釈迦・文殊・普賢の所謂三尊が安置されている。天蓋も当時の作品であって、ハスの繊維と絹をもって織られたものと伝えられ、共に注目に値するものである。

と、ある。

白っぽく見える屋根瓦は珍しい鉛瓦である。
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金沢城の石川門も同じ鉛瓦であるが、一説によると、有事の際の鉄砲の弾に鋳込み直すための貯蔵を兼ねているとか。
さすが、藩主の菩提寺である。
かなり前であるが、仙台に行った時に東北大学の金属博物館を訪れたことがあるが、そこでこの瑞龍寺の鉛瓦が展示してあったのを見て驚いた。

この仏殿、中に入って天井を見て驚かされる。
上記説明にあるように木組みがすごい!
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さて、次は法堂へ・・・・続く・・・・(^.^)
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# by TR3_blog | 2009-08-13 20:04 | Nikon D700
昨日、免許更新と人間ドックで指摘された精密検査を受けるため会社をお休み。
免許更新は5年間無事故無違反なので連続ゴールド更新(^.^)
おかげで、1時間半ほどで更新手続き完了!
で・・・午後に予約した精密検査までちょっと時間が空いてしまった・・・・。
もっとも、それを予想していたので、カメラを持参していたのだ(^^ゞ
目的は、近くにありながらあまり行かない国宝瑞龍寺である。
数年前に人を案内して始めていっただけで、ゆっくり見たことがない。
で、今回はゆっくりと見て回った。

カメラはNikon D700、レンズはAi AF Zoom Nikkor 28-105mm F3.5-4.5D(IF)で全て通した。

拝観料500円を払い、いざ・・・・・・

もらったパンフレットによると・・・・

曹洞宗高岡山瑞龍寺は加賀藩二代藩主前田利長公の菩提を弔うため三代藩主利常公によって建立された寺である。  利長公は高岡に築城し、この地で亡くなった。加賀百二十万石を譲られた義弟利常は、深くその恩を感じ、時の名工山上善右衛門嘉広をして七堂伽藍を完備し、広山恕陽禅師をもって開山とされた。  造営は正保年間(1640年代)から、利長公の五十回忌の寛文三年(1663)までの約二十年の歳月を要した。当時、寺域は三万六千坪、周囲に壕をめぐらし、まさに城郭の姿を想わせるものがあった。国の重要文化財として、指定されている建造物は、総門、山門、仏殿、法堂、明王堂(現僧堂)、回廊であり、江戸初期の禅宗寺院建築として高く評価されている。

とのこと。

現在の伽藍の配置は以下の通り。
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創建時には山門の両脇に七間浄頭(東司)と浴室があったようであるが、今は残っていない。

さて、入館料を払い、先ずくぐるのが総門。
以下、パンフレットの説明文を基にご案内(^^ゞ
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この総門 は昭和3年に国宝指定を受け、現在は重要文化財となっている。
正面三間の薬医門形式で正保年間の建立、その後伽藍配置の関係から移築されたそうだ。
創建当時、江戸幕府は石高によってその規模構造を規制したようであるが、この門を一見すれば前田藩の勢力を窺い知ることができる。門の正面には前田藩の「加賀梅鉢紋」が掲げられている。
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この総門をくぐると、目の前に白砂利が引き詰められ、整然と広がる山門が目に入る。
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この山門は国宝。
正保二年(1645)に建立され、万治年間場所を替えて立て直され、延享三年(1746)火災で消失、現在の建物は文政三年(1820)に竣工した。
当時としてはめずらしく和算により設計され、軒の出が深い禅宗寺院山門の雄と言える。
また、雪国であることから、上部の屋根からの落雪によって下部の軒先が壊れないように、上部の屋根n大きさが下部の屋根の大きさと変わらない構造となっているのが珍しい。
お寺の山門つきものである金剛力士像が査収に安置され、楼上には釈迦如来、十六羅漢がまつられているらしい。
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さて、山門をくぐっての世界は次回のお楽しみに(^.^)
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# by TR3_blog | 2009-08-13 13:40 | Nikon D700
ちょっとお出かけまでに時間があるので一言(^^ゞ

以前にも少し触れたが、フルサイズの一眼デジカメD700を手にしてから超お気に入りのレンズになったのが、今日の主人公 Ai AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D である。
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このレンズ、既に数年前に発売終了となっており、幻のズームマクロレンズといわれている。
名前の通り、ズームでマイクロ(Nikonではマクロレンズをマイクロレンズと行っている)、70mmから180mmまで単焦点マクロレンズ数本分をこれ1本でこなす優れものである。
一般的なレンズと違い、マクロレンズはその名の通り被写体に近接し、忠実に写し込むためのレンズであるから、ひずみなどの各種収差を極力抑えたレンズである。
発売当初、世界初をうたい、かつ評判も上々であり、確か日本光学会という学会で賞を捕った優れものレンズであったが、特殊用途と価格が高いせいもあるのかあまりビジネス的には成功せず、発売終了となったようである。
ピントを合わせた後ズームをしてもピントがずれない(当たり前と思うでしょうが、最近のズームレンズはずれますよ)とか、撮影距離関係なく露出倍率の変化がない(一般的には距離によって露出がかわりますが、最近のカメラはAEで自動的に修正しています)などすごい特徴を持っていたのです。

こんなすごいレンズに一目惚れし、探しまくって中古で手に入れたのが2年ほど前でしょうか。
ところが、このレンズの一番の欠点が大きくて重い!
しかも、APS-Cサイズでは、焦点距離が105mm-270mm相当となってしまい、マクロレンズとしては長すぎて扱いづらいのです。
で、ついついマクロ撮影は常道の60mmと100mmの単焦点マクロレンズを引っ張り出し、買ったはいいけど防湿庫の肥やしに陥っていました。

が、冒頭でも言ったように、フルサイズのD700を手に入れてから一変!
大きさや重さも気にならないくらい、超扱いやすいレンズに変身してしまったのです。
写りも最高です!
逆に単焦点マクロレンズが防湿庫の中で不満そうに出番を待つようになりました。
おかげで、最近PHOTOHITOに投稿している写真の多くが、このレンズで撮ったもので、D700と名コンビになっている。
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# by TR3_blog | 2009-08-08 10:55 | その他

なんだ?この天気は!

8月2日だというのに外はどんよりとした梅雨空・・・・
時々強い雨が・・・(×_×)
恒例の夏の「水まつり」が昨日今日と開催されているが、天気がサッパリ。
屋外でのイベントでもあり、客足サッパリとか。
また、一大イベントの「全日本流木乗り選手権」も、庄川が雨で増水したため、川横にある会場へ水止めとなり、急遽近くのプールへ場所変更です!
時より雨の降る中、それでも若い選手は歓声を上げて楽しんでいました。
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いつもは自然の川水が流れ込む用水が会場だが、今日は綺麗なプールへドボン!
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この大会、今年で23回目を迎え、全日本を冠しているだけに日本各地からの参加チームが増えてきているとか。
優勝賞金は30万円です!
一方、橋の上から川の中にロープに繋がって飛び込む「ターザン選手権」は残念も中止になりました(×_×)
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# by TR3_blog | 2009-08-02 16:22 | Sony α350
今日は休暇・・・・
本当は北海道へ行くつもりだったのが、2ヶ月間も仕事の都合がつかず流れ流れて今日・・・
しかも、健康診断の再診で半日費やすことに(; ;)ホロホロ
でもおかげで久しぶりにカメラを持てた・・・が、相変わらずの梅雨空模様。
ま、雨が降らない分OK♪
近くの公園で花を撮ってきました。
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ちょっとは気晴らしになりました。
でも行きたかったなぁ~富良野。
ラベンダー畑狙っていたのになぁ~(×_×)
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# by TR3_blog | 2009-07-31 23:35 | Nikon D700

足跡残しておきます(^^ゞ

6月頃よりにわかに忙しくなりまして、このブログ・・・白紙が続いています。
σ(^^)生きています・・・・
なにか足跡を残しておかないと・・・・・m(__)m
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# by TR3_blog | 2009-07-29 21:12 | その他

まつりだ、ヨイヤサァ♪

昨日今日と我が町は祭り一色♪
昨晩は、県下で最初の花火大会。
天気が心配されていたが、なんとか雨が降らずまずまず。
が、あまりにも無風で、花火は煙がたちこめてかんでしまって残念であった。
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ダムのすぐ前では水中スターマインも炸裂!
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街中では、夜高行燈が気勢を上げている。
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この夜高行燈、この地方の田祭りが発展してきたもので、骨組みに和紙を貼り、蝋で絵を描いて染料で染め上げたものである。
夜になると一斉に火が入り、浮かび上がってとても綺麗である。
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さぁ~て今宵も街中は熱気であふれているだろう・・・・
今から見物・・・・(^.^)
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# by TR3_blog | 2009-06-07 20:02 | Nikon D700