高岡山瑞龍寺 その4(回廊、禅堂、大庫裏)

瑞龍寺の続き、その4・・・

石廟から回廊と戻り、正面左側にある禅堂へと向かう。
回廊は瑞龍寺の伽藍をとり囲み、左右対象。
禅宗寺院としては現存する最古の回廊で、周囲約300メートルの長さがあり、国の重要文化財に指定されている。
板戸の焦げ茶色、障子の白色、太陽の光が見事に調和し、禅寺らしい凛とした雰囲気が漂う空間が素敵。
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これは、禅堂側から法堂側を見た写真で、突き当たって右側が法堂。
手前に禅堂がある。

写真右側に開いている出入り口からは仏殿に行けるが、そこからは向かいの大庫裏が見える。
右側に見えるのは山門。
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大庫裏はHPの説明によると

「調理配膳や寺務運営を行う堂で、山門を入り右手に位置し僧堂と相対して並ぶ。建物は桁行十間(一九・七m)・梁間六間一三・九m)で、外観は僧堂と同じ切妻造りこけら葺で向拝型玄開を付ける。平面は前面一間通りを回廊延長の土廊とし、正面中央に「香積堂」の額を掲げ、韋駄天像を祀り、右手は竈や流し・調理台を置く炊事土間で、左手は寺務運営を司る畳敷きの大広間と板の問としている。
三十センチ角の太く力強い柱と防火対策を考慮した大変珍しい真っ白な土天井がひときわ目を引き、また、向拝の蟇股や唐破風懸魚の彫刻、および隅柱を太くし安定感を出すなど江戸初期の匠の技と冴えがみられる。
万治年間(1658~1660年)の建立だが、幕末から明治初年にかけ撤去された。しかし昭和六十三年の解体修理に伴う調査で、詳細な寸法の書き込まれた古図面や向拝と主屋の部材の発見、および発掘調査などから当初の姿が明らかとなり復元された。」

さて、回廊を進むと大庫裏と対象側に禅堂がある。
禅堂で面白いのは、パンフレットに「禅堂」と書いてあるが、瑞龍寺の公式HPには「僧堂」と表記されている。
しかも、HPには以下の説明がなされ、どうも正式には「僧堂」というのが正しいらしい。

「坐禅修行をする建物で、坐禅だけを行う場合は禅堂、食事等の修行をも合せ行う場合を僧堂と言う。
全国で国の指定を受けている禅堂又は僧堂は三棟ある。
京都東福寺、字治の万福寺と瑞龍寺の僧堂である。この建物は当初のものは延享三年(1746)に焼失、その後ただちに再建され、幕末に三分の一に縮小され、明王様の御祈祷場となっていた。今回の修理が始まり僧堂として貴重な存在とわかり、延享三年後の再建の姿に復元されることに決まり、平成二年に工事が終了した。
坐禅をする場所を単、法服寝具を納める棚(函櫃、カンキ)脚がしぴれた折に坐禅のあい間に歩く廊下(経行廊、キンヒンロウ)、洗面、足洗い、食事の用意をする後架(ゴカ)等が備わり古式の僧堂の姿をよく整えた貴重なものである。」

僧堂前にも座禅を組む場所があり、中は独特な雰囲気で無を感じてしまう。
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今までいろいろなお寺を見たことがあるが、なぜか瑞龍寺は心がぴんと張りつめる。
伽藍の配置が左右対称で整然とし、色合いも含めて凛としたたたずまいがそう感じさせるのかもしれない。

今回は、時間の関係でゆっくりできなかったが、また行ってみたいところである。

最後に、大庫裏側の長い回廊のシンメトリーを正方形にトリミングした写真を載せて終わりとする。
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by TR3_blog | 2009-08-16 11:51 | Nikon D700